まるまる日記

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お彼岸。

ちょっと時期が遅くなってしまいましたが、お彼岸の話題。

先日、お彼岸ということもあり、我が家に笑いを運んでくれていたフェレットたちのお墓参りへ行ってきました。日々の慌しさを理由にしばらくご無沙汰だったけれど、お天気もいいし、お散歩がてら久しぶりのご挨拶へ。

このフェレットたち、7歳と9歳でお星様になったのですが、二人の命日は同じ日です。仲良かったから、きっと先に行った子が、命日で遊びに来たついでに一緒に連れて行ってくれたのねと、それを思うと今でも涙ぐむ私。

「たかがペット」と言うなかれ。私のような人は結構多くて、ペット葬儀という産業がいまや立派に存在するのです。私が行った日も、高齢のご夫婦やら家族連れやら、あるグループはにぎやかに、あるグループはしんみりとお線香をあげていました。
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春分と秋分の前後がお彼岸の時期ですが、仏教を信ずる国の中でもお彼岸にお墓参りをするのは日本だけの習慣だそうです。そういえば近くのスーパーのレジ横にお彼岸用の干菓子が売っていましたが、仏教国でなければ蓮華の花や葉っぱの形をしたあの物体を見ても、一体何のためのものなのか、何に使ってどうするのか、理解に苦しむでしょうねぇ。

「暑さ寒さも彼岸まで」なんてことを言うのも日本だけなのでしょうか。

この日さくらは五分咲きで、青い空に淡いピンクがきれいに映えて、かわいい二人を思うのにちょうどいい日でした。

冬ももう終わりですね。

合掌。
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by maru-blog | 2008-03-27 18:20

勝手にいじるな。

あのー。こんな話、へそ曲がりばあさんみたいでイヤなんですけどね。

赤坂に赤坂SAKASUってオープンしたでしょ。

私始めて就職したのが赤坂だったんですよ。その頃の赤坂って、裏道には料亭が連なっていて、夜にでもなれば黒塗りの高級車がその前にダーッと止まって。街全体が新宿や渋谷とは絶対的に違う「一見さんお断り」の雰囲気が漂ってたんですよ。大企業で働いていたとはいえ、お給料の直後でないと赤坂では遊べなかったなぁ。赤坂って、そんなちょっと排他的というか、大人な街というか、来慣れていないと遊べないところだったんです。

でもね…。

SAKASUができて賑やかになりましたね。TBSはこれでお台場のフジ、汐留の朝日と対抗するつもりなんでしょう。赤坂の街自体も、ヒルズの客足をこちらに引き込もうとしているみたいです。六本木と赤坂を巡回する電動人力車みたいなものまで走り出してます。

d0139476_1759111.jpgでもね…。

赤坂らしさがなくなったような…。

駅前に建つ高層ビル。
無機質な全面ガラス張りで、ビルの前には街路樹がちょろちょろ。
中に入っているのはシアトル系のコーヒーショップ。
イタリア料理やフランス料理屋はお店の前に横文字のメニューを掲げ、ビルにはちょっと小洒落たタイ料理かベトナム料理なんかのエスニック系が1~2軒入っている。

ね。この説明って丸の内でも六本木でも、もしかしたら秋葉原でもOKでしょ。

ちょうどすれ違ったサラリーマン風の人たちの会話。
「ここって、霞ヶ関のあそこに似てない?」
「ああ、そうだね。感じが似てるね」

ああ、嘆かわしや!
人が来ることを目指している街としては、「~に似てるね」なんて言われるようじゃイカン!と思うのですよ。
東京中どこもかしこも、街の風景が同じってどうよ?
街の活性化ウンヌンもいいけれど、もともとの魅力をぶち壊さないでいただきたい。
今では一見さんお断りどころか、誰でもウエルカム!みんな来て来て!!の赤坂です。

しかも!
私が愛してやまない下北沢。
ここも道路整備とかなんとか言っちゃって、駅前のあの迷路のような市場ともうすぐお別れしなければなりません。
下北沢の象徴である駅前市場!
思い出多き駅前市場!
あの駅前市場がなければ、混沌としたパワー溢れる下北沢もごく普通の賑やかな街。

開発の名のもとに、ひとつ、またひとつって個性が消されていくんだなぁ。

私の大好きな東京、もうこれ以上勝手にいじらんでくれー!!
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by maru-blog | 2008-03-25 18:16

初めて聞く日本語 ・パート2

テレビのニュースを聞いていたら、某有名会社の広報担当者が新製品についてのインタビューを受けていた。
「この録音機は経済的に余裕のある団塊の世代を対象にしており、メカメカしいフォルムがうんちゃらかんちゃら…」

メカメカしい?!

見れば、そこには確かに「メカメカしい」録音機(レコーダーじゃなくて)が鎮座ましましていた。

「機械的」じゃない。そんなに無機質で冷たい感じではない。
「メカっぽい」でもない。それじゃおもちゃだ。
「mechanicalなフォルム」では発言者の人間性に嫌味を感じる。

重厚感を漂わせ、機械マニア(あ、今はオタクって言うの?)が喜びそうな雰囲気を持たせつつ、どこか親しみさえ感じさせるそのデザインは、「機械的」でもなければ「メカっぽく」もない。やはり「メカメカしい」のだ。

「メカメカしい」は、以前はやって既に死語と化した「ナウい」のように「メカい」とも言えたはずだ。何でも短く表現したい現代人には「メカい」でも十分受け入れられたと思う。
「やっだ~、ちょっとその携帯メカくない?」
なんて若い子が言いそー。

でもそこをあえて「メカ」を二重に「メカメカ」とし、「~しい」と結んだことで、あの重厚感と親しみやすさを一つの言葉で表現できたと思う。この広報担当者、すごい語感を持っているなぁタダ者じゃないと感心してコンピューターでチェックしてみたら、なんとこの「メカメカしい」、検索語として存在するじゃありませんか!ってことは、これってもうみんなが普通に使っている言葉だったんだ。ひょえぇぇ、知らなかった。
「もう子供も大きくなったから、ママチャリじゃなくてメカメカしいのに変えたいわ」なんて使うんだろうか。

でも私は使いたくないぁ。あの録音機は確かにメカメカしかったけれど…。
おばさんが「メカメカしい」を使うのは、ちょっと軽々しい。
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by maru-blog | 2008-03-17 11:32

始めて聞く日本語

父の仕事にくっついてとある街まで出かけた。
仕事も終わり、二人で遅い昼食をとるために、うなぎ屋に入った。
しばらく待たされた後に出てきたうな重は
柔らく、味付けもしっかりしていておいしかった。

「○○(街の名前)にしちゃあ、本寸法!」
「え。え、なに?」
「本寸法!」
「始めて聞いた。どういう意味?」

父は今はあまり聞かなくなった日本語をよく使う。
どうも若い時分に落語から仕入れたらしい。
この「本寸法」も落語ではよく使われているそうだ。

父は説明しにくいなぁという顔をした。
「う~ん。…本格的でとてもよくできているってこと」
日本語教師でないので、「語彙の説明」は不得手だ。

父の説明+漢字から推測するに
自分の価値判断の基準を充分に満たしていて、
よしとする「型」にばっちり当てはまっているということのようだ。
食べ物だけでなく、芸について言う時にも使うと、父は言っていた。
 
本寸法かぁ…ちょっと使ってみたい言葉だ。

「よっ、○○さん!今の日本語、本寸法!」

教室で使ったら、その後の説明が大変そう。
やっぱりやめる。

その判断、本寸法!
…たぶん使い方、間違ってる。
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by maru-blog | 2008-03-12 00:21

無患子

今日は啓蟄。
春の気配を感じて虫が地中から出てくる日。
でも今日の寒さじゃ虫も出てきたくないだろうなぁ。

そういえば今思わず啓蟄って入力しちゃいましたが、
自分で書いたら書けてたかなぁ。
自信ないなぁ。
パソコン入力に頼りきっていると、漢字を書く作業に自信が持てなくなります。
これって、人間の退化のひとつですよね。
マズイマズイ。

では、これ。
無患子。
これ何と読むでしょう。

ムクロジと読むそうです。
…ムクロジって何? ですか?
絶対、皆さんご存知です。見たことあるはずですよ。

無患子って落葉樹の名前。
ほら、羽子板の羽の黒い玉の部分、あれ、無患子の実です。

神社や墓地などにもよく植えられているので、羽子板の羽としてだけでなく、
木そのものもどこかで見かけたことあると思います。
大きく成長しやすい木だそうで、
「大木」と呼べるようなものが結構身近にあるみたいです。

実家の玄関脇にこの無患子の木があるのですが、
大木と呼ぶには程遠い若い木で、
ひょろひょろと、でもまっすぐに空に向かって伸びています。

この無患子、落葉樹なのでこの時期、葉も、そしてなんと枝まで落としてしまい
今は1本の長い棒にすぎません。

3メートルくらいの長い棒が地面に刺さっているのを見たときは
さすがにこれが無患子とは気づかず、
「なにこの物干し竿?」と聞いてしまいました。

ところが、よくよく見てみたらその「物干し竿」にハートのマークが!
落とした枝の跡なのか、それともここから新しい枝が出てくるのか。
見事なハートの模様です。
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啓蟄の日のちょっと嬉しい発見。

春ももうすぐ。
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by maru-blog | 2008-03-05 10:20

いつもどうもすみません。

今日は本のご紹介。

『日本人はなぜいつも「申し訳ない」と思うのか』
(草思社・長野晃子著)
そう、ついつい言っちゃうんですよね、「すみません」って。
私悪くなくても言っちゃうんですよね。d0139476_17562981.jpg
何ででしょ。

まずちょっと怖い話を二つほど。

「見殺し」
ある雨の夜。
男が家路を急いでいた。
家へ帰る道は二つ。
ひとつは池のそばを通る近道、
もうひとつは街灯がついた裏道。
男は雨脚もひどくなってきたので近道である池の方を選んだ。
でもこの男、小さい時に友だちと遊んでいて、友だちが溺れるのを
知らんふりしたまま逃げ帰ってきたことがある。
今でも「助けて、助けて」という声が耳から離れない。
びくびくしながら池の淵を走り抜けようとしたとき
「助けて、助けて」という子供の声が聞こえてきた。
男は一目散に家まで走って逃げ帰った。
家に着くと男の母親が声をかけた。
「お帰り。
孫(この男の息子)が池の淵で遊んでくると言って出て行ったきり
まだ帰ってこないんだけど、会わなかったかい」

「レイプ」
ある女性が仕事から帰る途中、男に強姦された。
しばらくしてその女性が夫とドライブしていた時、いきなり彼女が泣き叫んだ。
「あの男よ!あいつが私をレイプしたの!」
夫は車から降り、その男の後を追い、殴り殺した。
ある日二人でドライブに出かけた時、女性がまた叫んだ
「あの男よ!あいつが私をレイプしたの!」
夫はその男も殴り殺した。
数週間後、またドライブ中に女性が叫び、夫が男を殺し、
またその後同じことが起きて男を殺し…。


この話、上記の本に書かれている話なのですが、
正直私は「レイプ」のどこが怖いのか分かりませんでした。
皆さんはいかがですか。

例えば「見殺し」のような「怖い話」を小さい時から聞いていたら、
悪いことをすれば結局自分がイヤな思いをするってことが身にしみて
それが犯罪抑止力になるという筆者の考え。
うーん、なんか分かります。

対して「レイプ」。
犯人の罪の意識とか夫の殺人に対する良心の呵責も、
そういった反省に関する言葉は一切語られていません。
でもこの話をフランスの学生たちはすっごく怖がったそうです。
と言うことは、何か彼らに語りかけるものがあるのかもしれませんね。
でも私も筆者同様、この話で何を伝えたかったのだろうと思ってしまいます。


ベネディクト・ルースの『菊と刀』以来、
「日本=恥の文化」というのが定説になり、
私たちも何となくそのことを認めてしまっている部分がありますが、
これに対して筆者が猛反撃。
まだまだある「怖い話」や各国に伝わる民話、忠臣蔵などを引き合いに出し、
非常に分かりやすく『菊と刀』を滅多切りにしてくれています。
時々、「え、こんなに言い切っちゃっていいの」と思うこともありますが、
日本人がどのように罪の意識を捉えているかを解説。
私はとっても納得できました。

私のように『菊と刀』を読むといつも途中で寝ちゃうという人や
『菊と刀』なんて知らないという人でも、
ちゃんと引用、概略が書かれているので読みやすい本です。

こういう文化でこういう考え方の人たちだから、
日本人とはものの言い方が違うのね、ってことがよくわかります。
どっちがいいとか、どっちが悪いとかではなく、
発想が違うのだから、表現方法も違って当たり前だと、私は思います。

皆さんもどうぞご一読ください。

みなさん、いつもブログを読んでくださり、どうもすみません。
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by maru-blog | 2008-03-01 18:02

代々木上原駅前の日本語教室~Language Studio・まる~を主催する maru*maruの不定期日記です。
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