まるまる日記

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煩悩の果てに。

最近なるべく「所有物」を減らす努力をしています。
捨てたり、リサイクルにまわしたり。
単純な生活のほうが、かえって豊かに暮らせるんじゃないかなぁなんて思って。
なので衝動買い、ほとんどしなくなりました。
本当に必要かどうか、ちゃんと考えるようになりました。
それなのに…
買っちゃった!
パンダエコバッグ。
d0139476_15173396.jpg

エコバックならひとつ持っているのに。
あまりのかわいさについ…。

今もっているエコバッグはちょっと小さいからね。
たくさん買い物した時に必要だしさ。
と言い訳。

物欲がなくなるのはいつになることやら。
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by maru-blog | 2008-05-31 15:21

見慣れちゃえばね…

事務所近くの仲通り商店街のキャラクター(?)、ナカちゃん。
人通りも少なくなってしまった商店街を歩く私たちを
いつも上から飄々と見下ろしている。

始めて見た時はあまりの考えのなさに驚いた。
「仲通り商店街」だから「ナカちゃん」は許すことにしよう。
でもこのナカちゃん。
ナカちゃんは小学生が授業中にノートの端っこに描いた絵みたいなのだ。
あ、小学生に失礼かも。
幼稚園児の絵?そのくらいシンプルというか何というか。

頭から伸びた触覚状の二本の物体。
目には今時少女漫画でも描かないようなキラキラ。
おまけにナカちゃんは
「ナカちゃんデース。  元気バリバリ」とか
「ナカちゃんデース。 ハッスルハッスル」とか言っていた。

商店街活性化のためのものがこんなんでいいんだろうか。
さびれてきた商店街、こんなんで人は呼び戻せないでしょう。

商店街組合のおじいちゃんたちが集まって、
「親しみのあるかわいいものを」なんて話し合ったのだろう。
誰かが試しに描いてみたものを
「あ、田中さん、これいいですよ、これにしましょうよ」
「ナカちゃんって名前はどうですかね」
「あ、冴えてますなぁ、中村さん。ピッタシカンカン!」
なんて決めちゃったんじゃなかろうか。

何とかしてほしい…
もう少しまともなものを…

はじめは切に願った。
仲通り商店街の「昔」を知っている者の一人として。

でも慣れって怖い。
最近はナカちゃんが可愛い。
雨の日でも風の日でも能天気。
このお気楽さ、私には必要かもね。
(既に十分お気楽という声も聞こえるが)
ちょっと時代遅れ気味でみんなの冷笑をかっていても
そんなことは気にも留めず、毎日がんばるナカちゃんが今ではいとおしい。

そこへもってきて、ナカちゃんバージョンア~~ップ。

d0139476_14503871.jpg


「お買い物して 楽しく元気」かあ。
なんだ普通じゃない。
いっそのこと「ゲバゲバ!」くらい言ってほしかった。
でもそれがナカちゃんのナカちゃんたる所以。
ナカちゃんはちょっとだけダサい。

お買物は仲通り商店街で。
お買い物して 楽しく元気。

日本語はランゲージスタジオ・まるで。
日本語習って 楽しく元気。
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by maru-blog | 2008-05-27 15:16

意識されない目?

言葉というものは、その言葉を話す人たちの意識や文化を色濃く反映しているものだと思います。
日本には雨を表す言葉がいっぱいありますが、
それは日本がお米を作る上で、雨がとても重要な要素になってくるから。

同じようにイヌイットには雪に関係する言葉が
アラブのほうには(どこの国か忘れた)砂に関する言葉が
それぞれたくさんあるそうです。
そういえば「雨のことば辞典」という本も出版されていますよね、日本では。

つまりあるものを意識しているから、その微妙な差異に気がつくわけで
どうでもよかったり、気にもならないことに関しては
言葉そのものがなかったり、語彙も限られるという現象がおきてきます。


さて話はかわって…。

私は思いっきり一重です。
立派な一重です。そして細いです。小さいです。

眼科に行って目の検査をするとき
「はい、大きく目を開いてくださーい」と言われること、ありますよね。
私はあらん限りの力を込めて(なぜか息も止めて)見開いているつもりなのに、
「はい、開いてくださいよぉ」と繰り返され、
結局は努力空しく、最後に必ず瞼を持ち上げられてしまいます。
コンタクトにゴミが入って痛がっていると、
友人に「へ~、細くてもゴミ、入るんだぁ」とひどいこと言われるし。

二重のパッチリおめめの人がうらやましいです。
浜崎あゆみは私よりたくさんのものを見ているような気がします。
子供のころからコンプレックスの塊ですが、流行りのプチ整形をする勇気もなく、
ただ「いいな~二重の人は」と愚痴をこぼすばかりで、
目に関しては非常に消極的です。
たまに「奥二重なんじゃない?」と気休めを言う友人もいますが、
言った本人も受け取る私も、それは口先だけのことと知っています。

この一重、英語で何と言うか。
じゃあ二重は何と言うのか。
アメリカの方に聞いてみました。

「あなたのような目を英語で何と言うのでしょうか」
「え?私のような目というと?」
「私の瞼はシングルですが、あなたのはダブルです。
辞書には ダブル アイリッド とありますが…。
となると私はシングル アイリッドですか」
「うううううん…。言いたいことはわかりますが…。
私たちみんなこういう目をしているので、そんなこと、考えたこともありませんでした。」
「言葉がないということですか」
「はい」
「(ガーン)………」
「………」

ウエスタン アイズ と エイジアン アイズ。
しばらく考えた末に教えてくれた言葉ですが、
英語話者には一重・二重という意識がないということに驚愕した私。

私の目は彼らの意識にも上がらないということ?
目には映っていても、見ていないということ?
どうでもいいってこと?
見ておくれよぉぉ、私の目もぉ!

一重コンプレックス、
癒される日は、
あきらめがつく日は来るのでしょうか。
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by maru-blog | 2008-05-20 15:05

違和感

夜11時半頃、駅の改札を出て家へ向かう。
駅から外へ出るには東西南北すべての方向に出口があるため
はじめての人にはちょっと複雑な構造の駅だ。

我が家はその駅では一番すたれた、人気(ひとけ)のない方向に進む。
人気のない方向といっても、ちょっとは大きな駅なのでそれなりに人は通るし、
終電に近づくにつれ、その数も増える。

私もその人たちの中にまぎれて、道路に出る階段を降りかけた。

えっ?

そこには20代後半か30代前半の若い男女が鎮座し、お酒を飲んでいた。
おつまみはコンビニで買ってきたのだろう、サラダやグラタンなど、
結構豪華版が2~3種類あったのを私は通りすがりにしっかりチェック。
りっぱな宴会である。

駅前にはこじんまりした公園もあるんだから、
なにも階段に座り込むこともなかろうに。
いくら駅の中でもさびしい所とはいえ、
電車がついた時には人通りも多くなって、ゆっくり飲めないだろうに。

和食って、外食(戸外で食べるって意味)にあまり慣れていない食文化であるように思う。
もちろんお花見弁当とか遠足のお弁当などはあるけれど、
それは特別の日の特別な食べ物であって、
決して日常の食べ物ではない。
戸外で食べることは、例えば農作業の合間の労働のための食事であって
欧米からきたバーベキューのように、みんなで楽しむ食事ではない。
より効率的に仕事を進めるための、必要不可欠な行為なのだ。
それに狩猟民族はとったらその場で焼いて食べちゃえ!になるのだろうが、
農耕民族・日本人は収穫しても、切ったり煮たり、後の作業があるから
戸外での食文化が発達しなかったと、私は勝手に思っている。

だからかなぁ、
くたびれたお父さんたちが仕事帰りにちょっと寄る立ち飲み屋での姿は何とか見られても、
洒落たお店の前のテラスでワインを飲んでいる姿はどうも様にならない。
一杯飲み屋は今日一日の労働のシメ、まだまだ仕事を背負ってるってことだろうか。

そんな訳で、駅の階段に座り込んで楽しくやっている二人をみて
とってもとっても違和感を感じてしまった晩春の夜でした。

確かに気持ちのいい夜ではあったけどね。
だったらなおさら、公園へ行こうよ!
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by maru-blog | 2008-05-07 11:43

代々木上原駅前の日本語教室~Language Studio・まる~を主催する maru*maruの不定期日記です。
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